鍵と狂人の出会い

 時間を渡って、姿を渡って、さしたる目的無かったけど、姫ロボドクター出会って初めて任務を貰って――

昔の俺はただ旅をする存在だった。何億年もどこかに求めているという鍵穴を何となく探し、気分で宿主を乗り換える鍵を下げた男、それが俺、Master Joe。しかし赤髪の科学者に出会ったあの時、俺は変わったのだった。

あの時、もう鍵穴なんて分からないと嫌気がさしていた頃、俺はとある星の酒場で飲み崩れていた。周りの物、人々全てが鍵穴に見えたのは本当に異常だったと思う。
その日も適当に星をブラブラ歩いていつもの酒場に入るとマスターが申し訳なさそうな顔をして俺を見た。「何で?」と聞くといつも俺が座る『特等席』に男が座っていたからだ。酒場の隅っこで誰にも邪魔されない、いや邪魔させない席に見知らぬ男が座っていることに苛立ちが隠せず、「どうして座らせたのか」と聞くと、「言葉が通じていないようだ」と言われた。異星の住人らしい。赤色の髪でボロボロな黒色のコートを纏った男は俺の視線を感じたのか振り向いた。俺を見るなりニィッと笑顔になり椅子を指さす。どうやら座れと言いたいらしい。嫌そうな顔をしてやるとギロリと睨みつけられ立ち上がり俺を引っ張り座らせた。それから注文しているつもりらしい、マスターにメニューを突き出し指さしていた。埒が明かない。通じるか分からないが男に声をかける。男は振り向きまたニィと笑う。

「あの……」
「44KI44GG44CB44GT44KT44Gw44KT44Gv」
「ひぇっ!?」

出てきた言葉は全然知らない言葉。身体は違うが本体は何億年も生きて来て変換させるはずなのに全く理解が出来ない言葉が飛び出し戸惑う。その戸惑った顔を見て男はゲラゲラ笑っている。ふとマスターの方を見ると笑うのを堪えている。どっちに対して笑おうとしているんだあの人。
「何の用だよ。というかアンタ誰」
「5L+677yf5L+644GvRHIuQVJN」

名前を聞くと腕を組み考え始める。10秒ぐらいうーんと唸った後、男はポケットの中から小さな装置を取り出した。俺は首を傾げてそれを見る。

「44Gm44Gj44Gm44KM44O844CB44OJ44Kv44K/44O85Y2w57+76Kiz5qmf44O8」

何やらまた言葉を呟くと俺の耳元にその機械を取り付ける。まるでイヤホンのようだ。外そうとすると手で止められる。

『やめとけ、また変な言葉で頭混乱させたいのか?』
「え、言葉」
『その翻訳機を付けてる間は俺の言葉は理解が出来る。あぁお前は普通の言語で構わない』

先程まで理解が出来なかった言葉が耳に取り付けた装置経由で理解できるようになっていた。男は不敵な笑みを浮かべている。

『自己紹介が遅れた。俺はDr.ARM。科学者だ』
「アーム……? ってあの帝国の!?」
『今は違うんだあんまりそのワードをここで口を出さないでくれ。変な奴らに目を付けられるだろ』

Dr.ARM、昔何度も聞いたことがある名前だった。アスモデウス帝国に所属する兵士で数々の星をたった1人で滅ぼしていった【頭がイカれた男】。そういえば最近噂を聞かなくなっていた。死んだのかと思っていたが自分の目の前に現れるなんて。もしかしたらニセモノかもしれないけど。

「まあ名前は何だっていいけど。俺には関係ないしね。で? 何の用だ?」
『一緒に来てほしい』
「はぁ!?」

いきなり何を言っているんだこの人は。唐突に特等席を占領して引っ張り込んで耳に変なもの付けて挙句の果てに一緒に来いだと?頭おかしいのではないか。

『理解できないのか? 俺に付いて来い』
「いやいやいや。いきなりそんなこと言われても困るだろ?アンタも自分に置き換えて考えろよ付いてくるのか?」
『とりあえず相手殴るかな』
「じゃあ殴らせろ! ってわわっ!?」
『乱闘騒ぎは別の所で俺以外相手にやってくれ。な?』

つい拳を彼に繰り出そうと振り出したのだがサッと避けられる。そのままバランスを崩しかけ、相手にそのまま支えられ抱きしめられる構図になっている。挙句の果てに得体の知れない人物に窘められた。おかしいこのようなことがあっていいのだろうか。いやいけないだろう!! 俺は耳に付けた装置を外し彼に投げる。「お断りだ」と言ってやる。彼の意味不明な言語が聞こえるが無視し、酒場から飛び出した。
俺とアームさんの出会いは最悪な出会いだった。

*

次の日の晩。昨日は飲むものも飲めなかった。マスターに謝らないとなあと考えながら酒場に向かう。入口に差し掛かると再び腕を掴まれた。見ると昨日の男、アームと名乗る奴だった。いつもの席に座らされ、また耳に何かを付けられた。昨日の不敵な表情と違い、バツの悪そうな顔だ。『昨日はすまなかった』最初に飛び出したのは謝罪の言葉だった。
『何も言わず来てくれるなんて普通ないよな』『ちゃんと話す。最後まで聞け』『お前の探し物の協力も出来る』とたどたどしい言葉を聞くと聞き捨てならない単語が。探し物?

「何で俺が探してるものがあるって知ってんだ?」
『いや聞いたからとしか』
「アンタ本当に意味が分かんねえ男だな」
『褒め言葉だ。まあ俺の話続けさせてくれ』

それから男は何故俺に昨日のようなことを言ったのか話し始めた。少し長い話だったがなんとなく生きている時間に比べれば苦痛では無かった。

「えっと話を整理するとアンタは元帝国兵だが今は反帝国勢力で戦っていて、その仲間として俺をスカウトしに来たと」
『そんな感じだ。多分お前の探し物もその先にある』
「信じることは出来ない。大体俺の事は知っているだろう?帝国と同盟の戦いなんて興味ないね。他を当たってよ」
『……』

男はため息を吐き顔を伏せた。その時、男が頼んでいたのだろう、カクテルが出された。イチゴの匂いが漂い非常に甘そうだ。『俺もあまりこの手のは飲まないのだが』と男は苦笑しながら呟く。自分で頼んだくせに、心の中で言ってやった。

『だが異様に呑みたくなる時がある。それは心を許す友人とならだ。お前とならいい友人になれそうだ、と俺は思うんだけどな』

柔らかな笑み。愛想が悪そうな男でもそんな表情が出来るのか、驚いてしまう。グラスを持っていない手で俺の髪を撫でる。
まだ酒の一滴も飲んでいない筈だが徐々に顔が熱くなっていく。誤魔化すために俺は奢られたカクテルを一気に飲み干す。

『ジョーさん。俺は絶対お前を退屈にさせないぞ。うるさい仲間たちもいるんだ。我儘娘にポンコツロボット、不思議系元人妻』
「何か凄い悪口にしか聞こえない仲間デスネ」

口の中に甘みが広がる。頭の中が痺れ、男に引き込まれていく。もしかしたら、本当に俺の探し物を彼なら見つけてくれるかもしれない。酒で酔わされたからか分からないが心の中でそんな確信が生まれて来る。

『明日、俺はこの星を発つ。お前の手掛かりを探すのに時間をかけすぎてしまってな。そろそろ仲間が怒りそうなんだよ。
もし俺と、俺達と旅に出たいのならここから北にある荒野まで来たらいい。そこに船を置いてるから』

男は何杯か飲んだ後金を置き立ち上がる。翻訳機を返そうと耳に手をかけると首を横に振られる。

『その翻訳機は餞別だ。持っておいたらいい。俺が信じてる人にしか渡す気は無いからな』と笑みを浮かべながら言った。
こんなの反則だ。行かないという選択肢が無くなってしまうじゃないか――

*

「ドークー! いつまでこの星にいるの!? 飽きた飽きた飽きたおー!!」

翌日昼。ピンク色の髪の小さな姫ミコがバタバタと暴れている。それを無表情の青年キムはどうどうと宥めている。銀髪の女性ユウノも少女を見つめながら言う。

「まあ確かにあなたここにいすぎですよ。その【予言者】でしたっけ?信じてもいいんですか?」
『そんなの俺の勝手だろう。まあ流石にもう出るぞ。……来なかったか』

少し待ったが彼は現れなかった。寂しそうな表情を赤髪の男ドクは軽くため息を吐く。やはり説得という分野は自分に向いていなかったな、とボソボソと呟いているとユウノはクスクス笑った。

『じゃあ行くぞ。アルバトロシクス号、宇宙の航海に』
「俺を置いていくのか?アームさん」
『っ!?』

男が振り向くとそこには鍵を下げた緑髪の青年。少し不貞腐れた表情を浮かべているがすぐに笑顔を浮かべる。

『ジョーさん』
「さっきまで噂を聞いて回ってたけど本当に奇妙な船に乗ってるんだな。この船で本当に俺を退屈にさせないのか?」
『ああ。勿論』
「ドクー!この人だれー?」

少女は青年を指さす。青年は苦笑を浮かべ少女の目線に合わせるようしゃがむ。

「俺はMaster Joe。今日から君の仲間だよ。君は誰?」
「なかま!? えーっと私はミコ!」
「うん、よろしくねミコちゃん」
「ドク! コイツいい奴!いいゲボクになりそうお!」
「げ、下僕ぅ!?」

慌てたような表情を浮かべ男に助けを求めるよう目を向けるがワハハと笑っている。ここで彼は一つの仮説が頭をよぎる。

「まさか最初からこの子の……」
「さあ行くお!かんげーしてやるんだから!」
「うあああ!やめて!鍵を引っ張らないでせめて手を引いてくれよお!!」
「やーだお!」
『はいじゃあ改めてアルバトロシクス号、宇宙の航海にヨーソロー!』
「よーそろー!」

腕を振り上げ船乗りの掛け声を4人は上げる。ジョーも釣られて腕を上げた。それからジョーは少女に船内を引っ張り回されることになる。ドクは『さあ研究だー』と言い、キムは少女の奇行を離れて見守りユウノはうふふと笑っていたのだった。