サンタクロースはつらいよ

――メルク星ヘルメスデパートバーゲンセール。

「うがあ! 人! 人! 人! あんのばか絶対覚えてろ!」とキムコンは叫ぶ。ここはミコリザ姫が欲しがった可愛いバッグが売ってあると脳内PCに告げられたデパートヘルメス。そこでの争いは過激なものであった。姫以外にも限定という言葉に釣られた存在、セールが大好きなご婦人、まるで歴戦の剣闘士が集う競技場のようだ。
人だかりの中での戦いの経験が無いわけでもない。しかし惑星解放の戦いよりも苦戦する戦場がここにあった。弾き飛ばされた行列をギリと睨み付ける。

「このままじゃ売り切れてしまう……あの行列だよなあ絶対」
「お困りのようですね」
「っ!! 誰だ!? って本当に誰だ!?」

大きなため息を吐いていると唐突に背後から声をかけられる。まさか仲間達に見られてしまったのか、と慌てながら振り向くとそこには奇妙なヒト。首から下はスーツの人間。しかし違うのはその頭部。普段自分が乗っているマンボウの船のデザインと全く一緒のものであった。

「どうもこんにちは。Mr.マンボウです」
「はあ?」
「貴方達のことは知っております。お困りのようですね。相談に乗りましょう。quim_underconstruction↓」

唐突にMr.マンボウと名乗った存在は彼に手を差し伸べる。しかしキムにとっては怪しい以外の感想は出てこない。

「僕の名前を知っているのか……だがゆっくり話してる暇はない。僕はこれから」
「あの先に存在する限定バック『メルクリウス』を大切なお姫様が欲しがっている、でしょう?」
「な、何で」

自分の求めているものを言い当てられ口をあんぐりと開ける。自分の名前だけでなく何をしにここにいるのかも分かっているらしい余計に怪しく思う。
しかしそんな彼の素振りも無視し、Mr.マンボウは口元に指を当ててクスリと笑う。

「貴方達のことは何でもと言ったでしょう? それでは開始しましょう」
「一体何……うわっ!?」

唐突にキムの身体がふわりと浮く。いつのまに魔術を、彼の中での相手に対する怪しさが最高潮。
しかしそんなキムの想いも無視し、視界が徐々にぐにゃりと歪んでいく。

「それでは貴方周辺の時空を弄りって列の先頭へ。いってらっしゃーい」
「どういう原理だよ!!」

叫んだ時にはもう遅し。既にマンボウ頭の存在が全く確認できない。歪んだ視界を見ていると非常に気持ち悪く吐き気がする。なので少し目を閉じることにした。

*

「買えた……というか今年こっそり貯めていた分が……」

目を開くとキムは何故か列の先頭に。そして目の前には限定のバッグ。すかさず手に取り店員に渡した。聞いた値段はもう忘れることにした。

「おつかれさまです。どうも」
「あぁMr.マンボウか」

なんとか列から脱出すると目の前には自分を不思議な体験へ誘ったマンボウ頭。先程と同じような挨拶をしようとしていたので先に潰しておくことにする。Mr.マンボウはやれやれと肩を落としながら喋る。

「言わせてくれないんですね。別に構いませんが」
「えっと、ありがと。これで安心してクリスマスを迎えられる」
「いいのです。貴方の役に立てて嬉しいです」

聞いていると眠くなってくるようなのんびりとした声。どこかで聞いたことあるような気もしたが、そんな男に会ったことは記憶メモリには存在しない。

「アンタ一体何者なんだ? さっき使った魔法を見ると相当の腕と見た」
「いえいえMr.マンボウ以外名乗る名前がございません。別の名前を知りたいというのなら目玉さん、でもよろしいですよ?」
「目玉?よく分からないんだが……」

唐突に言われた単語に首を傾げる。そんな彼の様子に何を感じたのか、急かすように手を出口方向に示す。

「ほら私なんかの事より早く帰らないと仲間に怪しまれますよ? さあそのプレゼントを持って船へ」
「お、おう! えっとこれだけ聞かせてくれ。Mr.マンボウ、僕とどこかで会ったのか?」
「いいえ。貴方達アルバトロシクス号の乗員の事は外から視ておりましたが直接会ったのは貴方が初めてですね。何せアルバトロシクスは有名でしょう?」

即答された。相変わらずどこか少し引っかかるようなことを言われる。どこかで会ったような会ってないような。

「まあ色々としているからおかしくはないか。いや僕が何故ここに来たのかまで知ってるのは変じゃね?」
「じゃあ通りすがりのマンボウ船の擬人化で」
「どう考えたらそうなるんだよ!」

ついツッコミをしてしまう。この呑気さ、毎日聞いたこともある気がする。しかし聞いてほしくないのだろう。自分は大人だから、と言い聞かせ問わないことにする。

「……まあいっか。今日こうやって助けてくれた分で今回の質問はチャラにしますよ」
「それは嬉しい」
「また会った時! お前には色々教えてもらうからな!」
「あらあらまた会えたらいいですねえ」
「会いたくないと思われても絶対会ってみせる。覚悟しとけよMr.マンボウ」

次会ったら尋問すると言っているのに呑気なヒトだ。『ふざけた被り物』をしている地点でまともさを説いてはいけない気もするとため息吐いた。
そして船に戻ろうと歩き出した時、「あぁキムさん」と止められる。キムは振り向いた。

「何すか。はよいけ行ったのはそっちなのに止めるのか?」
「いえいえ。一言忘れる所でした。『ずっとミコの傍にいてあげてください』」

唐突な姫の話題に一瞬思考が停止してしまう。しかし自分が考えていることを読まれる前に言っておくことにしておこう。

「? 当然じゃないか。僕はあのばかの執事だぞ。どんな時も一緒にいてやるし歌も歌ってやるし守ってやるさ」
「その言葉が聞けて嬉しいです。止めてしまってすみません。またどこかで会いましょう」
「へいへい。またな」

当然のこと言ったのに顔が熱い。その顔を隠すように踵を返しその場から走り去った。Mr.マンボウは1人ポツンと残される。
ここはデパートの中だったはずだ。しかし彼周辺がまるで時間が止まってしまったように静まり返り通る人もいない。

「行ってしまいましたか。ふふっ、別の次元でもミコとキムは信頼しあっていて少し眩しいです。素直でないことも全く変わらない。手を出さないって決めていたのについつい表舞台に出てきてしまいました」

彼は重そうな被り物を脱ぎ去った。その顔は笑顔に満ちている。

「今の彼なら私達のような罪を背負うことは無いでしょう。さて、あの人にバレる前にまた隠れますか」

まだまだデパートはセールで賑わっている。限定という言葉に釣られた存在、セールが大好きなご婦人、まるで歴戦の剣闘士が集う競技場のようだ。